審査基準によれば、進歩性の有無は、本願発明と主引用発明との一致点・相違点を抽出し、
相違点を評価する(進歩性否定の論理づけを行う)ことにより判断することとされている。
例えば、
本願発明の発明特定事項=(A+B+C)
主引用発明の発明特定事項=(A+B)
と認定したとき、
「相違点Cは、最適材料の選択、設計変更等である。」
と評価して進歩性を否定する論理が構築される。
或いは、
さらに相違点(C)が他の引用発明に開示されていると認定したとき、
「主引用発明に他の引用発明を組み合わせることは『単なる寄せ集めである』」
と評価したり、
「引用発明の中に組み合わせの『動機づけ*2』がある」
と評価することにより進歩性を否定する論理が構築*3 される。
いずれにせよ、進歩性判断は、
(A+B)+(C)=(A+B+C)という
発明特定事項の足し算論だけでなく、相違点についての評価(動機づけ論)がある。
だから、検討すべき事項は、「審査官の指摘する足し算論が妥当か」と、
「審査官が依拠している動機づけ論が妥当か」という2種類ということになる。
| <引用文献が一つの場合> 一つの引用文献(引用発明)によって進歩性が否定される場合もあるが、 その場合でも基本的に引用文献が複数の場合と同様に考えることができる。 提示された引用文献が一つでも、それに周知・慣用技術や一般的技術事項 (証拠としての引用文献を示さないことがある)を組み合わせて本願発明が 想起できるという論理構成となっているからである。進歩性は必ず複数の技術的事項 (公知技術、周知技術、一般的技術事項等)の組合せである。 複数ではなく単一の技術的事項に基づくなら、新規性(29条第1項)の問題である。 |
(i) 本願発明の認定
本願発明(請求項に係る発明)の認定は、リパーゼ*4事件によって
「特段の事情がない限り特許請求の範囲の記載に基づいてされるべきである」
とされており、それを理解していない審査官はいないと思う。
しかし、審査官が請求項に記載されている重要な要素を見落としている場合、
読み間違えている場合、あまりに概念的にだけ捉えている場合はあるから、
一応、確認する。
むしろ、本願発明の認定に関しては、出願人側が具体的な
実施形態の記載に引きずられた判断・反論をしないように注意すべきである。
(A) 引用発明の認定
引用発明の認定とは、引用文献にどのような発明が
記載されていると見るかという問題である。この問題については、
審査官が正しいか否かは、十分に検討する必要がある。
なにも、審査官が決めた土俵の中で必ず戦わねばならないわけではない。
審査官による引用発明の認定自体を争うことは有効であり、
現に、審決取消訴訟においては、引用発明の認定の誤りが原因で多くの
特許庁審決が覆っている。
特に、動機づけ論において反論が困難な場合には、審査官による
一致点・相違点の認定をひっくり返すことが必要な場合がある。
さて、実際に引用文献中に具体的な構成とその作用・効果とが記載されていれば、
ある発明が記載されていると認めざるを得ないことが多いであろうが、
たまたま構成が本願発明と一致しているが、その作用効果は記載がない、
又は違うように思われる場合に、本願発明を示唆する発明が記載されていると
認めざるを得ないのかという問題がある。
一般的には、引用文献に本願発明の発明特定事項の一部と同一の構成が
記載されている場合には、本願発明において意図した作用効果と
同一のものが記載されていなくとも、その発明が記載されていると解すべきである。
本当に構成が同一であれば、同じ作用効果を奏するはずだからである。
| 原告は,甲3文献には,本件発明において技術的課題及び作用効果とされているものは 全く示されていない,と主張する。 しかしながら,異なる技術的課題から同一の構成の発明に至ることがあること, 同一の構成がもたらす作用効果は,複数あり得るものであり,それらは客観的には常に 定まっているとはいうものの,それらのうちどれを認識し,どれに着目するかは,人により 時により変わり得るものであることは,いうまでもないところである。そうである以上, たとい,甲3文献に記載されたドライカットを採用した理由が,見本市における切削実演に 当たり油剤の飛散を防ぎつつ,装置の動作状況を見学者に見せることにあり,ドライカットを 用いたことによる作用効果が,油剤の飛散防止及び装置の動作状況を見学者によく見せることが できるというものであって,同文献に,本件発明において技術的課題及び作用効果とされている ものが全く示されていないとしても,そのことは,何ら,同文献に本件発明と同一の構成が 記載されていると認識することを妨げるものではない。その構成を採用した動機やいきさつが どのようなものであろうと,その構成による作用効果を作成者がどのように認識していようと, その構成に接した者が技術課題や作用効果をどう理解しようと,公知文献に当該発明と同一の 構成が記載されている以上,公知文献には当該発明と同一の「発明の構成」が開示されていると 認める以外にないのである。 |


| <引用文献がおかしいと思ったら> 審査官が指摘する引用文献に記載されている内容が、本願発明(発明の詳細な説明に記載の発明)と 相当にかけ離れものであることがある。にもかかわらず、本願発明と引用発明とが一致していると 認定されているときには、本願のクレームが例えば機能的表現や広義の用語を使っているために、 過剰に広い範囲をカバーしていることが原因となっている場合がある。 このような場合、審査官は、進歩性不備を指摘することで実際には妥当な減縮を求めているのかも 知れない。審査官は、本願発明のクレームが非常に広いために引用発明と同一、又は非常に近いと 判断しても、クレームが広すぎるとは指摘しない。単に、新規性・進歩性がないとの指摘をするだけ である。クレームをどのような広さにするかは、出願人が決めるべきことだからである。 もっとも、引用文献の番号を間違えて拒絶理由通知に記載する場合もある。審査官に電話で確認するか 、意見書でその旨を主張するしかない。 |
足し算論について反論の余地がなければ(あっても)、動機づけ論の妥当性を検討する。
進歩性否定の論理を構築するための主要な動機づけの類型*6は次に掲げるものである。
動機づけ論の妥当性を検討するには、まず審査官がどのような論理に立脚して進歩性を
否定しているかを確認すべきであるが、審査官は審査基準に記載の各類型のうちのどれを
適用して進歩性否定の論理を構築したかを明確に記載することは少なく、多くの場合、
漠然と引例を組み合わせれば本願になるだろうと指摘するにとどまる。
審査官がどのような動機づけ類型を根拠にして進歩性を否定しているかを明確にしており、
明らかにそれが争点になりそうなら、それだけを検討して反論が可能かを検討すればよいが、
漠然としているなら、一応、全ての類型に関して検討せざるを得ない。理屈の上では、これらは
OR条件であるから、全ての類型の動機づけを否定しないと進歩性を肯定できないが、実際には
、一つの類型について強力な反論を構築できて組み合わせの困難性を主張できるなら、多くは
OKであろう。
次に、各種の類型の説明と、それに対する反論のパターン・注意点等を列挙する。
本願発明と引用発明とを技術思想として(足し算論ではなく)比較してみて、反論の糸口はないかを
検討してみよう。
(i) 最適材料の選択・設計変更等
これらは、具体的に設計を行う場合に当然に考慮されるべき事項であるから、
公知発明にこれらの改変を加えた発明には、進歩性がないとされる。
このような設計変更等であるとの指摘を受けている場合には、
次のような反論が可能か検討してみよう。
(ii) 単なる寄せ集め
複数の発明を組み合わせた結果、発明特定事項の各々が機能的
又は作用的に関連しておらず、寄せ集めた結果の効果が個々の技術の作用効果を
総合したものに過ぎない場合に、「単なる寄せ集め」と呼んで、進歩性が否定される。
従って、引用発明1と引用発明2との「単なる寄せ集め」でないことを主張するには、
引用発明1の発明特定事項と引用発明2の発明特定事項とが機能的又は作用的に関連しており、
その結果、寄せ集め以外の効果が発揮されていることを説明することになる。なお、機能又は作用は、
課題・効果と密接な関係があるから、各引用発明の発明特定事項が、機能的又は作用的に
関連していることを述べることは、引用発明と本願発明とが課題・効果の面で
相違することを述べることとなることがある。
例えば、次のように考える。

(iii) 引用発明中の示唆
引用文献に、本願発明の発明特定事項の一部が、本願発明に適用できる技術的
意義(作用・効果)とともに直接的に記載されているなら、反論しようがない。
本願発明の発明特定事項である「鉛イオン」については直接的な記載はないものの、
引例に、例えば電位列中の電位が鉄よりも高いものという条件と共に7種の金属イオンが
例示されている。あるいは、引用発明の中に、本願発明の発明特定事項の上位概念に
相当する事項が記載されている。このような場合には、議論の余地はあるものの、電位列中の
電位についての技術的意義が本願発明においても同様に成立するなら、示唆があるといえる
可能性が高いと思われる。
しかし、引例に直接的に記載されているとしても、その技術的意義が本願発明とは
全く相違する又は全く記載されていない場合には、本願発明を示唆するとの認定に、
反論の余地があると思われる(前掲の「中空糸型膜分離ユニット」事件参照)。
あるいは、引用発明の中に本願発明の発明特定事項の上位概念に相当する事項が
記載されている場合でも、特に化学・材料系の分野にあっては、次のように
示唆がないとされることもある。
(酸性中油型乳化調味料事件*7)
|
引用文献1には、ホスホリパーゼAで分解した卵黄を含む酸性水中油型乳化物において、 でんぷん、デキストリン、……を配合することが記載されている。引用文献2には、 加工でんぷんの一種としてのオクテニルコハク酸エステル化澱粉を乳化油脂食品に添加する ことが記載されている 。 引用文献1におけるでんぷんは、その粘弾性を利用して増粘剤として利用されているところ、 引用文献2におけるオクテニルコハク酸エステル化澱粉は、低粘度であって増粘剤として 使用されているとはいえない。よって、引用文献1のでんぷんに代えて、引用文献2の オクテニルコハク酸エステル化澱粉を配合することについて容易想到ではない(ただし、 他の成分との相乗効果を認定されている)。 |
(iv) 課題共通
「課題が共通することは、当業者が引用発明を適用したり、結びつけて
請求項に係る発明に導かれたことの有力な根拠となる。」(審査基準)
すると、逆に、本願発明の課題が斬新であって引用文献のいずれにも記載されて
いない場合には、組み合わせの困難性を主張できる可能性が高い。発明は、課題があって、
それを達成するための具体的手段が採択されるのだから、課題が斬新であって
公知技術から課題すら示唆されていないとすると、具体的手段も示唆されようがないからである。
この論理で進歩性を認めた判決例としては、前掲の「壁紙糊付機事件」が参考になる
(ただし、課題が「斬新」とは評価したものではなく、課題が引用文献に記載
されていないから、進歩性があると認定した)。
また、本願発明の前提構造がない引用発明は、本願発明が解決すべき課題を
有さないのだから、その進歩性を判断する際の先行技術とならないと判断した
「四輪駆動を可能にする駆動装置事件」も参考になる。
しかし、上記の判決例にかかわらず、単に本願発明の課題が引用文献に記載が
ないことをもって、直ちに進歩性があるとの主張は、多くの場合、失敗することに
なると思われる。次の事情がある。
|
原告は,本願発明1と引用発明1とは技術的課題が相違し,引用発明1に 基づいて本願発明1に想到する動機付けは存在しないと主張する。 しかしながら,原告の主張は,主張自体失当という以外にない。原告の主張は, 本願発明1の構成に想到するための動機付けは,本願発明1の技術的課題の 認識以外に存在し得ないことを当然の前提とするものであり,このような 前提が認められないことは論ずるまでもないことであるからである(一般に, 異なった動機で同一の行動をとることは珍しいことではない。発明もその例外では なく,異なった技術的課題の解決が同一の構成により達成されることは,十分 あり得ることである。)。問題とすべきは,本願発明1の技術的課題ではなく, 引用発明1等,本願発明1以外のものの中に,本願発明1の構成に至る動機付けと なるに足りる技術的課題が見いだされるか否かである。上記技術的課題は,本願 発明1におけるものと同一であっても,もちろん差し支えない。しかし,これと 同じである必要はない。したがって,本願発明1の構成の容易想到性の検討においては ,本来,引用発明1の技術的課題を明らかにすることは必要であるものの,本願 発明1の技術的課題について論ずることは,無意味であるということができるの である(両発明の課題に共通するところがあったとしても,それは,いわば 結果論にすぎない。)。 |
(v) 機能・作用の共通
引用発明と請求項の発明との作用・機能が共通することや、引用発明の特定事項
同士の作用、機能が共通することは、当業者が引用発明を適用したり結びつけたりして
請求項の係る発明に導かれたことの有力な根拠となる(審査基準)。

(vi) 技術分野の共通
発明の課題解決のために、関連する技術分野の技術手段の適用を試みることは、
当業者の通常の創作能力の発揮である(審査基準)。
技術分野は、発明が対象とする製品、産業分野、商品分類等を基準に決定するのではなく、
技術として見たときの類似性を基準に決定される。
共通
電極埋設品事件 H13ke359
技術分野の相違を主張する場合(これに限らないが)、その相違が請求項において
具体的に反映されていなくてはならない。
「有利な効果の参酌」は、発明が従来技術から容易に推考できるか否かを
決するに当たり、実務上、重要な基準である。これは特許庁の審査基準でも明示され、
判例も当然のこととしており、学説も同様である。
引用例に請求項に係る発明に対して動機づけとなることを妨げる記載があるときは
引用例としての適格を欠く。引用例としての適格性を否定するとは、足し算論や動機付け論の
妥当性を議論するよりも前の段階で、引用例はないものとすることを意味するから、
一発逆転の論理となる。
最近の知財高裁、特許庁では、技術分野の同一性等、組み合わせの動機づけがある引用発明は
、阻害要因がない限り、原則、組合せることは容易である*9との立場である。
従って、阻害要因があることを見付けてこれを主張することは極めて重要である。
動機付けとなることを妨げる記載とは、次のようなものが例示できる。
意見書の作成時には、引用発明にこのような事情がないかを十分に詮索しなければならない。
これらの事情は、引用文献の図面を見るだけでなく、明細書に記載の課題及び
解決手段を読み取って、すなわち発明として把握しなくては察知することができない。

